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第2話前編「待ちに待ったスタートライン」03

◇   ◇


「つきねちゃん、ほんと目が覚めてよかったね」

放課後、この日何度目になるか分からないつきねの話題をしながら、ここねたちは部室へ向かう廊下を歩く。

この先にある階段を上らないと、軽音部の部室には行けない。

「まだ時々高めの熱が出るせいで、もう少し入院しないといけないみたいだけど」 つきねの意識は回復したものの、高熱の原因は分からないままで退院の目途は立たない。


両親から精密検査の結果を教えてもらっても結局変わらなかった。

「だからさ、まね今日もなんだけど……」

ここねの足が止まり、続けようとした言葉も止まってしまう。

「お見舞い行きたいんだよね?」

問いかけにここねが頷くと、まねはポンと自分の胸を叩いた。

「大丈夫、新入部員の勧誘は私に任せて。去年の文化祭で二人が歌った時の動画があれば、結構話聞いてもらえるし!」

まねがいつの間にかYouTubeにアップしていた動画は、結構な再生数になっていて時々違うクラスの子にも「動画見たよー」と言ってもらえたりする。

「ごめん、ありがとう。この埋め合わせは絶対するから」

「いいからいいから。つきねちゃんが待ってるよ」

「うん、また明日ね」

ここねは親友から後押しされて、妹の待つ病院に急いだ。 ここねはつきねの病室にある洗面台で花瓶の水を変える。

つきねが眠っているうちにできることをやるしかない。

担当の看護師が言うには昼過ぎにまたひどい発熱があったらしく、確かに寝ているつきねの顔色はあまり良くなかった。

(今日はつきねと話ができると思ったんだけどなぁ……)

つきねの気が少しでもまぎれてくれればと思いながら、ここねは新しく買ってきた花を花瓶に挿す。

「おねーちゃん……今日も来てくれたんだ」

その元気のない声に振り返ると、つきねが身体を起こそうとしていた。

ここねはすぐフォローに駆け寄る。

「……お花もありがとね。来たなら起こしてくれればよかったのに」

「何言ってんの。今はいっぱい寝て体力を回復させるときだよ。今は大丈夫なの?看護師さん呼ぶ?」

「たぶん……平気。熱も下がったと思う。あ、でも……ちょっと喉渇いたかも」

「ちょっと待っててー」

ここねはプラスチック製のマグカップに水を注ぐと、ストロー付きの蓋を閉める。

「ごめんね……おねーちゃん」

マグカップを受け取ったつきねがそんなことを言う。

「気にしないの。おねーちゃんに任せちゃって」

こんな時なんだから思いっきり甘えてもらっても構わないのに、というのがここねの本心だ。

「そうじゃなくて……せっかく軽音部入ったのに全然活動できないから」

ここねはそっとつきねの頭を撫でた。

「つきねが元気になってくれれば、それでいいから。私たちの歌も夢も逃げないから全然大丈夫! 逃げてもすぐ捕まえちゃえばいいんだよ」

つきねは分かってくれたのか小さく頷いて、水をゆっくり飲み始める。

ガラス窓の外を見ると、陽は落ちていて暗くなっていた。

もう少しで面会時間も終わる。


つきねとはもっと一緒にいたいけれど、あまり遅くなると両親がここねの心配をするのだ。

「私、そろそろ帰るね。また明日来るから」

「うん。おねーちゃんもあまり無理しないでね」

「わかってるー。一応つきねが起きたって看護師さんに言っとくね」

ここねは音咲高校指定のバッグを肩にかけると、つきねの個室を後にした。

◇   ◇

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◇   ◇ 力が抜けたここねの身体をつきねは抱き留める。 「痛かったよね……」 そのままつきねは一度だけここねを強く抱きしめた。 しかし、のんびりしている時間はない。 つきねはここねの左胸を注視していると、黒い何かがそこにあるのだと直感した。 ここねの日記に書いてあったように、つきねは腕をここねの中で渦巻く黒い靄に向かって伸ばしていく。 「! ……来たっ」 鍵がどこからともなく掌中に現れたこと。

◇   ◇ ここねが次に目を覚ますと、そこは無音の世界だった。 美癸恋(みきこい)町の中心街——その抜け殻のような場所に飛ばされるのも、中学生の時から数えてこれで四度目だ。 道端には駐車されたままの自動車が数台。 新商品やセール中を知らせる幟も見える。 しかし、ここには街しかない。人がいない。 ふと紅い月の禍々しい光が照らし作り出した影が一つ揺れる。 アーティストのステージ衣装さながらのいで立ちを

◇   ◇ 春頃に比べて日が伸びたといっても、つきねが帰り着く頃にはすっかり暗くなっていた。 ドライヤーで乾かし終わると、つきねは髪をブラシで数回撫でる。 「ふぅ……これでいいかな?」 入浴後で、つきねは身も心もサッパリした気分だ。 やることも決まり、迷うのをやめた。 迷っていては大好きなものが消えてしまうかもしれないから。 数え切れないほどこの土地に生まれ暮らしてきた姉妹たちを、死に追いやった『

ココツキオリジナル小説

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