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第2話前編「待ちに待ったスタートライン」02

◇   ◇


ここねが再びつきねと登校するようになってから、数日が過ぎた。

四時間目の終了を告げるチャイムが鳴り終わり、ここねはまねと部室で昼食を食べようとお弁当の入った巾着を手に取った。


本当はつきねとも一緒に食べたいが、入学したてのこの時期はクラスメートと仲良くなるのも大事なことなので、ここねは我慢している。

「あ、自販機でなんか飲みもの買ってこう」

「いいよー」

そんなことを話しながらここねたちが廊下に出ると、担任教師が小走りで近づいてくるところだった。

「鈴代さん……」

息切れ気味なのか、先生の声は少し震えている。ただ、ここねには声をかけられる心当たりがない。

「どうしたんですか? 先生」

「さきほど妹さんが授業中倒れました。今は保健室で休んでいますが……」

ここねは驚いて、目を見開いた。

「——っ!! まね……これ、お願い!」

ここねはお弁当をまねに押し付けると駆け出していた。 「つきね……っ!」

保健室に駆け込むと、ここねは思わず妹の名前を呼ぶ。

けれど、つきねに反応はなく、養護教諭からの注意もなかった。

養護教諭は険しい表情で、ただ冷静な面持ちで教えてくれた。

「今、つきねさんは意識がありません」

「……そ、そんな!?」

「さきほど救急車の要請と親御さんへの連絡をしました。急な発熱……それも40℃近い高温で意識がないことから楽観しないほうがいいと判断しました」

ここねは言葉を失う。

遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてくる。その音はここねの不安と呼応するように大きくなる。

つきねの手を握ることしか、ここねにはできなかった。

搬送された病院ですぐ母と合流して、夕方には父もやってきた。

病室で心電図やら点滴をつけられた妹をただただ見守るしかできなくて、ここねは自分の手を握りしめる。

(神様っ……お願い。つきねを——)

家族三人でつきねの意識が戻ることだけを祈る。

けれど、その日つきねが目を覚ますことはなかった。 翌日以降もつきねの容態は好転しなかった。

ここねは学校で授業を受けていても、入院したつきねの事ばかり考えていた。


放課後、つきねが入院している病院に行くという日が何日も続いた。


いつになったら再びつきねの声が聞けるだろう。どうしてつきねがこんな目に遭うんだろう——そんなことばかりが、ここねの頭の中をぐるぐると巡る。

今は朝から付き添っていた母には休んでいてもらい、病室でつきねと二人っきり。

「つきね……」

返事はないと分かっていても、ここねはつきねに向かって話しかけてしまう。


やめてしまえば「つきねがもう二度戻ってこないのでは?」という不安に押しつぶされそうになるからだ。

「早く起きないと、期間限定の『月見つくねバーガー』……終わっちゃうよ?」

そう語りかけ、ここねは眠っているつきねの額に滲んだ汗をそっと拭う。妹の表情が和らいだ気がした。

その寝顔を眺めていると、つきねの瞼が薄っすらと開く。視線が合った。

「おねー……ちゃん?」

か細い苦しそう声が返ってくる。

「……!! つきねつきねつきねっ!」

ここねは名前を呼びながらポロポロと涙を零していた。

「…………?」

不思議そうな顔をしているつきねが、ここねをぼんやり見返してくる。

「良かったぁ〜、良かったよぉ……」

ここねは嬉しさのあまり最愛の妹をしばらく抱きしめ続けた。


つきねが目覚めたことを母や医師に伝えるのを忘れるほどに。

◇   ◇

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◇   ◇ 力が抜けたここねの身体をつきねは抱き留める。 「痛かったよね……」 そのままつきねは一度だけここねを強く抱きしめた。 しかし、のんびりしている時間はない。 つきねはここねの左胸を注視していると、黒い何かがそこにあるのだと直感した。 ここねの日記に書いてあったように、つきねは腕をここねの中で渦巻く黒い靄に向かって伸ばしていく。 「! ……来たっ」 鍵がどこからともなく掌中に現れたこと。

◇   ◇ ここねが次に目を覚ますと、そこは無音の世界だった。 美癸恋(みきこい)町の中心街——その抜け殻のような場所に飛ばされるのも、中学生の時から数えてこれで四度目だ。 道端には駐車されたままの自動車が数台。 新商品やセール中を知らせる幟も見える。 しかし、ここには街しかない。人がいない。 ふと紅い月の禍々しい光が照らし作り出した影が一つ揺れる。 アーティストのステージ衣装さながらのいで立ちを

◇   ◇ 春頃に比べて日が伸びたといっても、つきねが帰り着く頃にはすっかり暗くなっていた。 ドライヤーで乾かし終わると、つきねは髪をブラシで数回撫でる。 「ふぅ……これでいいかな?」 入浴後で、つきねは身も心もサッパリした気分だ。 やることも決まり、迷うのをやめた。 迷っていては大好きなものが消えてしまうかもしれないから。 数え切れないほどこの土地に生まれ暮らしてきた姉妹たちを、死に追いやった『

ココツキオリジナル小説

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