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第2話前編「待ちに待ったスタートライン」01

◇   ◇


今まで二人で使っていた音咲高校軽音部の部室に真新しい制服の一年生の姿がある。

「待ってたよつきねちゃん!」

鈴代ここねと桜ヶ丘まねにとって、この瞬間、感慨もひとしおだった。

入学式翌日につきねが軽音部に入部届を持ってきてくれたのだ。仮入部ではなく正式なものなので、きっとつきねは最初の新一年生の部員に違いない。


桜の季節はもう終わりだけれど、今まで以上に楽しくなるという予感がここねとまね——そしてつきねの胸の内に芽吹いていた。

「これで軽音部を本格始動できるね〜」

「うん! まずは本日をつきね入部記念日とする!」

「ここねちゃんナイスアイデア!」

「もう……おおげさだよ、二人とも。記念日とかそういうのいいから。他の人が入部してきた時……恥ずかしいし」

つきねが少し困ったように返事をする。

「私的には、つきねがいてくれればそれだけでいいんだけどねー」

「その気持ちも分かるけど、部員が多いほうが文化祭でステージを使う時間多くもらえるよ、きっと」

「……はっ!? それはたくさんほしいね、新入部員!」

「おねーちゃん……現金」

「まあまあ、つきねちゃん。部長としては正しいから。それじゃ、部室を出て部活動勧誘でもする?」

「ごめん、それも大事だけど……つきねとこれからどんな曲やりたいとか、そういう話したい!」

まねの提案に前言を翻して申し訳ない気はしたが、ここねとしては譲れない。

「いいと思うよー。二人が歌いたいってのがないと、部活できないし」

まだ決まってないことはたくさんあるけど、ここねはこれだけは胸を張って言える。

「安心してよ、まね。歌いたい歌なんていっぱいあるから! ね、つきね?」

「そうだね。つきねもおねーちゃんと歌ってみたい曲色々ある、かな?」

「とりあえずリストアップしてそれから決めよう」

つきねと曲名を言い合うだけで、ここねはワクワクした。

互いにとって意外な選曲だったり、二人とも気に入っている歌だったり。


「この曲の次には、この曲が歌いたい」というような曲同士の世界観を意識するようなつきねの提案は、ここねだけだったらきっと思いつかないアイデアだったり。

結局、ここねとつきねは最初にどの曲を歌ってみるか決められなかったけれど、充実した時間だった。

(これから毎日学校でつきねと過ごせる。一緒に音楽ができるんだ!)

 一年前に創部した時以上の一歩は踏み出せたと、ここねは密かに確信していた。


◇   ◇

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◇   ◇ 力が抜けたここねの身体をつきねは抱き留める。 「痛かったよね……」 そのままつきねは一度だけここねを強く抱きしめた。 しかし、のんびりしている時間はない。 つきねはここねの左胸を注視していると、黒い何かがそこにあるのだと直感した。 ここねの日記に書いてあったように、つきねは腕をここねの中で渦巻く黒い靄に向かって伸ばしていく。 「! ……来たっ」 鍵がどこからともなく掌中に現れたこと。

◇   ◇ ここねが次に目を覚ますと、そこは無音の世界だった。 美癸恋(みきこい)町の中心街——その抜け殻のような場所に飛ばされるのも、中学生の時から数えてこれで四度目だ。 道端には駐車されたままの自動車が数台。 新商品やセール中を知らせる幟も見える。 しかし、ここには街しかない。人がいない。 ふと紅い月の禍々しい光が照らし作り出した影が一つ揺れる。 アーティストのステージ衣装さながらのいで立ちを

◇   ◇ 春頃に比べて日が伸びたといっても、つきねが帰り着く頃にはすっかり暗くなっていた。 ドライヤーで乾かし終わると、つきねは髪をブラシで数回撫でる。 「ふぅ……これでいいかな?」 入浴後で、つきねは身も心もサッパリした気分だ。 やることも決まり、迷うのをやめた。 迷っていては大好きなものが消えてしまうかもしれないから。 数え切れないほどこの土地に生まれ暮らしてきた姉妹たちを、死に追いやった『

ココツキオリジナル小説

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