第3話後編「その願いは叶えさせたくないから」03

◇   ◇


週明けの月曜日の放課後、つきねは軽音楽部の部室にいた。


つきねは職員室で管理されている部室の鍵を今日初めて借りた。


今は一人だ。ここねは学校を休んでいる。


一時的に熱が下がることはあったが、両親が大事を取らせたためだ。


机に広げられたノートをつきねはぼんやり眺める。


そこにはお伽噺についての簡単なメモと調べた呪いのこと、関係するかもしれないつきね自身の実体験が書いてある。


(あの時、「生きたい」なんて願わなければ……こんなことにならなかったのかな。つきねがいなければ、おねーちゃんは……)


つきねたち姉妹の心臓を蝕む呪いに侵されることなんてなかったのに、と。


「これから」について前向きに考えたくて、つきねは部室を訪れたというのにすっかりネガティブ思考に陥っていた。


「何やってんだろ……」


呟きとほぼ同時にガラガラとドアが開き、まねが入ってきた。


「つきねちゃん、来てたんだ」


「はい。少し集中したかったので」


まねが近づいてきたので、つきねはノートを閉じた。


鈴代姉妹の名前も書き込んでいるので、見せたくはなかった。


「宿題とか?」


「いえ……ちょっとメモを。考えをまとめたくて」


まねは閃いたと言わんばかりに目を輝かせた。


「もしかして、作詞とか? つきねちゃんはそういうの得意そうだよね」


「えっと……まあそんな感じです。でも、まだ秘密で」


つきねは、まねの勘違いに乗っかることにした。


「できたら見せてほしいなーって。やっぱオリジナル曲があるといいよね。去年よくここねちゃんと話してたんだ」


そんな会話をするここねとまねの姿が目に浮かべ、つきねの顔がほころんだ。


「なら、作曲できる人を探さないと。まね先輩よろしくお願いします」


「ふふ、つきねちゃんの歌詞が完成したら善処するね」


まねなら本当になんとかできてしまいそうな気がする。


(そんな未来が来てくれたら……ううんっ!)


つきねは自分の弱気を払うように頭を小さく振った。


「ここねちゃんの様子、どう? 風邪っぽいとは聞いてるだけど」


先ほどとは打って変わって、まねの声は慎重で不安げだった。無理もない。


まねには姉妹揃って心配をかけすぎている。つきねは申し訳ない気持ちになる。


「まだ熱がある時が多くて。でも、入院とか……大丈夫だと思います」


まねがそっと胸を撫で下ろす。


「そっか。早く良くなるといいね。あ、つきねちゃんも無理したらダメだよ?」


まねが言う通り、どっちも元気にならないといけない。


片方だけでは意味がない。まねへの返事につきねは小さな決意を込める。


「気を付けます」


つきねのやるべきことはやはり一つしかない。


今諦めるわけにはいかないのだ。


せわしなく動く秒針の音が聞こえてくる。


深夜、自分の部屋でつきねは時計が進むのを待っていた。


午前〇時になったら、ここねから「呪い」を奪い返すと決めたためだ。


「おねーちゃんがつきねを想って、呪いを取り除いてくれたことは分かる。けど……」


つきねはそれを受け入れることはできない。


ここねのことが大好きで大切だから、つきねは姉の犠牲など認められない。


ここねがつきねを守りたいと思ったように、つきねもここねに傷ついてほしくないのだ。


呪いを奪えば、再びつきねは体調を崩す。


間違いないことだ。二人が無事でいられる方法も保証もない。


(おねーちゃんは怒ると思う。ケンカになると思う。それでも……)


つきねは決めた。


大切な人を傷つけても大切な人を守ることを。


しかし、このままでは遠くない未来——ここねと別れる日が来てしまうから。


「つきねは、おねーちゃんの願い事を叶えるつもりはないよ」


自分の願いを、二人で楽しく歌を歌い続ける未来を、どうしても掴みたいのだ。


たとえ、ここねと戦うことになったとしても。


日付が変わり、つきねは眠るここねの側に立っていた。


「絶対おねーちゃんを諦めないからね」


つきねはここねの掛布団をめくった。


今はここねの呼吸も比較的落ち着いているようで、チャンスと言える。眠っていなければ警戒されてしまい、ここねの胸を突くのは困難だったかもしれない。


あの瞬間の光景はつきねのまぶたに焼き付いている。あれは再現すればいい。


原理や理屈はつきねにはさっぱり分からない。


(もしできなかったらなんて、考えない!)


ここねの心臓から呪いを奪おうとつきねは手を伸ばす。


すると、一瞬で周囲の景色が一変した。


◇   ◇


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