top of page

第4話後編「決められた運命に逆らって」06 (第一部完)

◇   ◇


力が抜けたここねの身体をつきねは抱き留める。


「痛かったよね……」


そのままつきねは一度だけここねを強く抱きしめた。


しかし、のんびりしている時間はない。


つきねはここねの左胸を注視していると、黒い何かがそこにあるのだと直感した。


ここねの日記に書いてあったように、つきねは腕をここねの中で渦巻く黒い靄に向かって伸ばしていく。


「! ……来たっ」


鍵がどこからともなく掌中に現れたこと。


ここねの肉体が鍵らしきものを持ったつきねの右腕を受け入れたこと——驚きの連続の中、呪いの渦の中心点で鍵を回す手が震えた。


——カチリ。鍵が回った。


ひどく小さな音が聞こえるや否や、つきねの中にドロリと粘つく嫌悪感が蓄積されていくのを感じた。不快感が噴き上がってくる。


「ん……」


ぐっと堪えながら、しかしつきねは安堵した。ゆっくり大きな息を吐く。


(これで、おねーちゃんは……元通りだ)


何も解決していないが、最悪を避けられる。


この一連の工程を落ち着いてやってのけたここねはすごいと、つきねは感心してしまう。


もし事前にある程度情報を知らなかったら、つきねがうまくできたとは思えない。


けれど、つきねは感心してばかりはいられない。


元の世界に戻ったら、すぐ家を出るつもりなのだ。


二度と『死』の呪いがここねを苦しめないように。


そのために、すぐ夏休みが始まるこの日にやると決めていた。


「お父さん、お母さん……きっとすごく心配させると思う……」


忌まわしい呪いの奪い合いを避けるには、これしかないからだ。


穏やかな呼吸を繰り返すここねをつきねは見つめる。


「おねーちゃん……」


続けようと思っていた「さよなら」をつきねは飲み込む。


そして——世界は歪み、紅い月の夜は明けていく。


◇   ◇


「見つけた」


紅い月が照らし出す世界に声が小さく響いた。


鈴代姉妹しか存在しないはずの異界に、もう一つ動く影がある。


響かさねだ。


ここねもかさねも、その存在に気づいていなかった。


「ふふっ——」


嬉しそうな笑い声が零れた。


(あの呪いを受けながら、まだ生きている姉妹! やっと会えた、間違いない)


少女の小柄な身体は微かに震えている。


「これで、ようやく……」


——死ねる。


少女が浮かべる笑みと内にある想念。矛盾があるようでいて、切なる願いだった。


”自らの願いために、あの姉妹を殺すのだ。”


第一部完


第二部〜完結版はこちらで販売中



◇  ココツキのオリジナル曲  ◇


「KEYS」


「Wishing」


「Intersect」


「TriX」



目次はこちら

最新記事

すべて表示

◇   ◇ ここねが次に目を覚ますと、そこは無音の世界だった。 美癸恋(みきこい)町の中心街——その抜け殻のような場所に飛ばされるのも、中学生の時から数えてこれで四度目だ。 道端には駐車されたままの自動車が数台。 新商品やセール中を知らせる幟も見える。 しかし、ここには街しかない。人がいない。 ふと紅い月の禍々しい光が照らし作り出した影が一つ揺れる。 アーティストのステージ衣装さながらのいで立ちを

◇   ◇ 春頃に比べて日が伸びたといっても、つきねが帰り着く頃にはすっかり暗くなっていた。 ドライヤーで乾かし終わると、つきねは髪をブラシで数回撫でる。 「ふぅ……これでいいかな?」 入浴後で、つきねは身も心もサッパリした気分だ。 やることも決まり、迷うのをやめた。 迷っていては大好きなものが消えてしまうかもしれないから。 数え切れないほどこの土地に生まれ暮らしてきた姉妹たちを、死に追いやった『

◇   ◇ 「おねーちゃんの言ったとおりになっちゃった……」 そう呟きながら、つきねは神社の階段をゆっくり降りていく。 父のビールをここねに飲ませたら呪いが消えたりしないか——と考えなかったわけではないが、つきねはこのアイデアは不採用にする。 「ダメだった時、大変だもんね……」 停めてある自転車のところに向かおうとしたつきねの目に意外な人物が映った。 響かさねだ。 「奇遇だね、かさねちゃん。家、こ

ココツキオリジナル小説

 『月ノ心ニ音、累ナル。』

bottom of page