◇ ◇
春頃に比べて日が伸びたといっても、つきねが帰り着く頃にはすっかり暗くなっていた。
ドライヤーで乾かし終わると、つきねは髪をブラシで数回撫でる。
「ふぅ……これでいいかな?」
入浴後で、つきねは身も心もサッパリした気分だ。
やることも決まり、迷うのをやめた。
迷っていては大好きなものが消えてしまうかもしれないから。
数え切れないほどこの土地に生まれ暮らしてきた姉妹たちを、死に追いやった『死』の呪い
——幾度となく繰り返されてきた悲劇が、まさに今つきねたちを翻弄している。
しかし、つきねは決められた運命に抗うと決めた。
ここねを傷つけて、ここねに嫌われてしまうかもしれない。
それは、つきねにとって世界で一番怖いことだ。嫌なことだ。
そうだとしても——もう一度『死』の呪いをつきねは自分の身体に戻す。
今はこれしかない。
(ベストの答えじゃないかもしれない。けど、おねーちゃんを助けたい。ううん、違う。おねーちゃんとこれからも一緒にいたいから)
きっと何度やり直しても、姉を助けるためにつきねはこの選択肢を取ってしまうだろう。
二人の未来を掴むには必要な方法だと信じているのだ。
つきねは来週の、終業式の夜に決めた。
一学期最後の日の教室は明日への期待感で満ちていた。
受け取った成績表の結果がどうあれ、空気は軽く同級生の声のトーンはいつもより高い。夏休みの予定を話したり、遊びに行く計画を立てている。
つきねも先ほど「夏休み遊び行こうね」というふんわりとした約束を交わしたばかりだ。
もっと同級生と仲良くなりたいと考えていたつきねには願ったり叶ったりだ。
問題はその時に元気に遊びに行けるか分からないことだが、そこは未来のつきねに頑張ってもらうしかない。
「高校一年の夏は一度だけ! 全力で楽しまないとっ」
そう盛り上がる友人たちに、つきねは手を振り挨拶をして、教室を後にした。
鈴代つきねの大事な一日が始まる。
呪いによる責め苦は相変わらずだったが、ここねはできるだけ家族と一緒に夕食を取るようにしていた。
嵐の前の凪のように治まることが時々あるのだ。
どちらから謝ったというわけではなかったが、言い争いをしてから少しギクシャクしていたつきねとも、普通に話せるようになっていた。
今日の学校の雰囲気を聞き、ここねは少し懐かしく感じてしまった。
「……夏休み、たくさん部活やるつもりだったのになー」
「まね先輩にカッコいいMV作ってもらいたいしね。つきね、歌ってるおねーちゃんのこと大好きだから」
つきねがエールを送ってくれる。
ここねは長いこと張りつめていた緊張の糸が緩む気がした。
「ふぁあ……お腹いっぱいで眠くなってきた……」
「無理しないで、寝ちゃったら?」
「そーする……」
少し会話を続けただけで疲労感があるのは否めないが、ここねも今日は久々にぐっすり眠れる気がした。
明日からはもっとつきねと過ごせるかもしれない。
◇ ◇
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