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「ここねちゃん……調子でも悪いの?」
「え? そんなことないよ」
「なんだか箸進んでないし、ボーっとしてる」
いつも通りまねと部室で昼食を取っていたけれど、指摘通りここねの弁当箱の中身は半分くらい残っている。
「ご飯はしっかり食べないとだよ。ここねちゃんまで体調崩しちゃったりしたら、私イヤだからね?マネージャーの仕事として体調を含めた生活習慣の管理も視野に入れるしか……」
冗談なのか本気なのか分からないトーンで、まねがそんなことを言う。 「いやいや、越権行為だよ!? プライバシー大事!」
ここねは玉子焼きを口に入れた。ほんのり甘みがある。
この間見た夢に出てきた姉妹たちの悲しい結末が、ここねの頭から離れない。
正確には、あの夢につきねを助けるヒントがあるのではないかとついつい考えてしまうからだ。
そのせいで、授業を疎かにしているつもりはないが、集中はできているとは少し言い難い。
「まねはさ、この町に伝わる昔話って知ってる?」
「うーん……そんなのあったっけ?」
「優しい鬼の姉妹が出てくるんだけど、妹の方は呪いで死にそうなの」
「何それ、すごく悲しいやつ……! でも、急にどうして昔話?」
この様子ではまねは知らないようだ。
「小さい頃に聞いたなーって思い出しただけ」
ここねは適当な理由で誤魔化した。お伽噺(とぎばなし)に出てきた呪いが、つきねを苦しめている原因かもしれない……などと言っても、信じられるはずがないから。 予鈴のチャイムが鳴る。 「あ、教室戻らなきゃ。夕ご飯はちゃんと食べてね」 「それは大丈夫。カレーだから!」
溌溂としたここねの返答に、まねは苦笑を浮かべていた。 つきねに効果的な治療法はおろか、病名すら分からないまま日にちだけが過ぎていき、日曜日を迎えた。 ここねの中で、とある想いが日に日に大きくなっていく。 今は父が運転する車で病院に向かっている最中だ。 今日は珍しくつきねのほうから「おねーちゃん、来る?」とスマホにメッセージが届いていた。 ここねがほぼ毎日当然のように通っていたせいもあって、確認されるのは初めてだった。 ここねも、その時はわざわざどうしたのだろうとは思ったが、家族でお見舞いに行くことを提案したのだ。 しかし、せっかくつきねと対面したというのに両親は手続きやら医師との話があるとかで、退室してしまった。 (何かあったのかな……?) 妹を不安にさせたくはない。ここねは話題にもせず、 「つきね、なんか私にやってほしいことない? 大サービスしちゃうよー」 「お見舞いにも来てもらって、これ以上お願いなんてできないって。それよりおねーちゃん、しっかり休んでるの?」 つきねは心配そうにここねの顔をじっと見つめてくる。 「私は大丈夫!だいたい、つきねが元気になった時に私が元気じゃなかったら、困るじゃん?」 これは、そうであったらいいという小さな願望であり、もしかしたら嘘になってしまうかもしれない言葉。 ここねは大切な妹を死に至らしめる呪いから何としてでも守りたい。だから、どうしてもあの光景を忘れられなかった。 もしつきねの高熱が『呪い』のせいだと言うなら、つきねからその厄災を取り去ることができるのではないか。つきねを助けることができるのではないか。 (きっとあの夢と同じようにすれば、助けられる……) そう——あの鬼の姉妹のように。姉が妹にしたように。 自分の手をつきねの胸へと伸ばして、呪いを奪えばいい。そうすれば、つきねが苦しむことはなくなるはずだ。その代償に、ここねは命を失うかもしれない。それは間違いないことだろう。それでも! 「おねーちゃん、なんか嘘ついてる……」 「……っ!」
何とか声は出さなかったが、ここねは表情の強張りを隠せたかは自信がない。 「…………」 「おねーちゃんのことだから、つきねを喜ばせようと変なこと考えるでしょ?」 「えへへ。バレちゃったかぁ」 ここねはバツが悪そうな表情を作って見せた。 すると、つきねは枕の横にあった音楽プレイヤーを手にする。 「気持ちはすごく嬉しいよ。けど無理しないで。おねーちゃんが貸してくれた音楽にパワーもらってるんだ。聴きながらこの中のどの曲をおねーちゃんと歌うのか考えてると、楽しくて病気なんかに負けないぞーって」 「どの曲っていうか全部歌いたい説あります!」 「ふふ、おねーちゃん欲張り。だけどそうだね。全部やりたいね」 入院してからこんなに柔らかく微笑むつきねを見たのは久しぶりで、ここねはふと気づく。 「なんか良いことあった?」 「実は、一時的にだけど退院できることになったんだ」 「……本当!?」 「最近は熱が出ても、入院したばかりの頃みたいに高熱になったりしないし。それで今お母さんたち退院の手続き中」 「えー……なら、お父さんもここに来る前からつきねの退院知ってたの……?」 「うん。本当はいきなり家に帰ってビックリさせようと思って」 これで、つきねがメッセージで確認した理由が分かった。 少し不満はあるけれど、退院できるのはここねにとってもつきねにとっても、悪いことではない。 「やっぱりつきねは、おねーちゃんと一緒にじゃないと……」 「私もだよ。それじゃあ、退院祝いにお父さんに美味しいものを食べさせてもらおう!」 「それはハンバーガーしかないよね」 ここねは迷いなく断言するつきねに鈴代姉妹の「いつも」を感じていた。 「可愛くてリーズナブルすぎる娘で、お父さんは幸せ者だなぁ」 「期間限定の『月見つくねバーガー』もう少しで終わっちゃうし選択の余地はないもん」 「あはは。それじゃあ帰りにお店に寄ってもらわないとね」 ここねは、そんな「いつも」のつきねを取り戻すために——妹を呪いから守るために、 どんなことでもすると密かに決めていた。
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