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第3話前編「夕暮れ時に影重なる」05

◇   ◇


イヤホンをつけ、音楽を再生する。大好きな曲ばかりだが、部活で筋トレの際に流すので最近は身体を動かしたくなる。


外に出ると、もう陽が落ちかけていて街を薄っすらとオレンジ色に染めていた。西日が眩しく、つきねは思わず目を細める。


その瞬間、さきほどゲームショップで感じたのと似たような視線を感じてつきねはそちらを振り向いた。


同世代か少し年下くらいの、ちょっと小柄の女の子が立っていた。


端正な顔立ちの不思議な雰囲気を持った少女で、その瞳は落ちゆく陽のせいか淡く落ち着いた琥珀色にも見えた。


夕暮れの中、一瞬だけ、この場にはつきねとその少女以外がいないような感覚に襲われる。


何故だがつきねは彼女に惹き寄せられた。いつかどこかで会ったことがあるような気さえしていた。


(でも……どこだろう?)


喧騒の中、少女は何をするでもなくその場に佇んでいた。


しいて言えば彼女もつきねの方を見ている——そんな風に感じられた。


初めつきねは声をかけるのを躊躇した。


気になっていたが、何と言って話しかけたらいいか分からなかったからだ。しかし、自分でも珍しいと思いながら、つきねは近づいて話しかけることにした。


「あ、あの……もしかしてどこかで前に会ったことない、かな?」


「…………」


返ってくる言葉はなく、少女は首を横に振った。


声をかけてしまって、つきねはやはり困っていた。


(あああっ!! 完全に不審者だよね今のつきね!? 女の子もじっと見てくるし! 声かけられたんだし当たり前だよね……)


「何してる?」


少女の瞳がつきねをじっと捉えている。

「え?」

「それは何?」


彼女の指がつきねの耳あたりを指した。


「ああ、これね」


つきねはBluetoothイヤホンを手に取り、


「これで音楽を聴いてたんだよ。好きな歌が入ってる」


「……歌、か」


「聞いてみる?」


つきねは話しかけた手前、話題のためにそう尋ねてみた。


イヤホンを少女は不思議そうに見つめているので、つきねはそっと耳にかけてあげる。


すると、少女は一度だけ微かに目を見開くと、そのままゆっくりと瞼を閉じた。


彼女は調子を取るように体を揺らしているようにつきねの目には映った。


(気に入ってくれたみたい。でもこれからどうしよ?)


つきねはこのまますぐに、さようならを言うつもりにはなれなかった。


ふとその時「ぐぅ〜」という二つの音が重なった。つきねは少女と顔を見合わせる。


「あはは。お腹空いてるみたいだね、あなたも」


琥珀色の瞳の少女は「……うん」と頷いた。


少し先にハンバーガーチェーンの新作バーガーの幟(のぼり)が見える。


「それじゃあ、ハンバーガー食べに行こう。そうだ、あなたの名前は?」


「響かさね」


「かさねちゃんね。私は鈴代つきね」


かさねは一拍してからつきねの名前を反芻した。


「鈴代つきねか。忘れない」


「? ありがとう。それじゃあ行こ?」


かさねは小さな口を大きく開けてハンバーガーを食べる。ハンバーガーを食べたことがないようだったので、かさねの分はスタンダードなパティにピクルス、レタスを挟んだものを注文した。フライドポテトとコーラのお供を添え、完璧な布陣だ。


「これ、美味いな」


「あ、ちょっと動かないでね」


かさねの口まわりについたケチャップを紙のナプキンで拭う。


「…………」


無言のかさねに、思わず子ども扱いしてしまったことにつきねは気づいた。


「ごめんね。つい」


「気にするな。ありがとう」


かさねはそう言ってストローに口をつけると、少しビックリしたような表情を浮かべた。炭酸のせいだろうか。


微笑ましい気持ちになりながら、つきねは自分が頼んだてりやきバーガーを頬張る。


(初対面の子とこんな風に過ごしてるなんて。もし妹がいたらこんな感じ?)


だから、つきねはこんなことを訊いていた。


「そう言えば、かさねちゃんは姉妹っている?」


「姉が……一人」


「妹なんだ。同じだね」


自然と共通点につきねは嬉しくなる。つきねはここねのことを話した。けれど、かさねの姉がどんな人なのかは教えてもらえなかった。


(いつか……お姉さんのこと話してくれるくらい仲良くなれるといいなぁ)


この後もかさねは言葉少なではあったが、気を遣うこともなく心地よい時間だった。別れる時にはすでに白い月が浮かんでいた。つきねはかさねとはまた会う約束をした。


しかし、急いでいて、連絡先を交換し忘れていたことに気づいたのは帰宅後だった。


ただ、つきねにはまた会えるという不思議な予感があった。


◇   ◇


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◇   ◇ ここねが次に目を覚ますと、そこは無音の世界だった。 美癸恋(みきこい)町の中心街——その抜け殻のような場所に飛ばされるのも、中学生の時から数えてこれで四度目だ。 道端には駐車されたままの自動車が数台。 新商品やセール中を知らせる幟も見える。 しかし、ここには街しかない。人がいない。 ふと紅い月の禍々しい光が照らし作り出した影が一つ揺れる。 アーティストのステージ衣装さながらのいで立ちを

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