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第3話前編「夕暮れ時に影重なる」02

◇   ◇


「ありがと〜。まね先輩〜!!」


「え!? なになに? どうしたの?」


放課後の部室。つきねはここねと談笑している桜ヶ丘まねの姿を見つけると、すぐ感謝の言葉を口にした。


「つきね、何かいいことあった?」


「実はね……!」


朝、教室に入ってもつきねは同級生たちにうまく声をかけられなかった。


話しかけるきっかけを探してみたものの、タイミングが合わないまま昼休みを迎えた。


なんとなく弁当箱を取り出したけれど、つきねはすぐに食事を始められなかった。


(一人で食事するのは寂しいし、今日誰かに話しかけないとずっとこのままな気がする……)


つきねがどうにかしなきゃと思った矢先、クラスメート数名が声をかけてくれたのだ。


「去年の文化祭のステージで、おねーちゃんとつきねが歌った動画あるじゃないですか」


「うん。最近は勧誘とかで軽音部を紹介する時にも使ってるよー」

「それです! まね先輩が一年生にたくさん紹介してくれたから、同級生がつきねのことを知っててくれて。おかげで、一緒にお昼食べようって誘ってもらえて」


「新入部員勧誘という名の布教活動が功を奏したね。仲良くなれそう?」


問いかけにつきねは頷いた。昼ご飯を取っている最中に動画を再生された時はビックリしたけれど、みんなが褒めてくれた。つきねたちの歌をもっと聴きたいとも言ってくれた。


「うん。頑張って……明日は積極的に話しかけたい」


「なら、いっそ一曲披露しちゃえば? つきねの生歌でクラスメートのハートを鷲掴みだよ?」


「おねーちゃんそれ名案! ……なんて言うと思う? 教室で歌い出したら完全におかしな人だって」


仲良くなりたいが、つきねにそこまでする度胸はない


ここねなら実際にその方法でクラスメートとの距離を縮めてしまうのだろう。


「まさかのノリツッコミ!? 久しぶりの学校でテンション上がってる?」


やはりクラスメートとうまく付き合っていけそうという雰囲気によるところが大きい。けれど、何より大きいのは、


「だって、やっとおねーちゃんたちと部活できるんだよ」


つきねはここねの側に近寄る。


ずっとつきねがやりたいと思っていたことだ。文化祭で歌った時のような高揚感と緊張感をまたここねとともに味わいたい。


「やる気充分だね。じゃあ、早速始めようか」


「うん。入院してる時に聴いてた曲で、色々歌ってみたいのあるんだ。おねーちゃんもきっと好きだと思う!」


つきねはスマホを取り出すと、音楽アプリをタップする。


「その積極的な姿勢、軽音部の部員としてとても素晴らしいです!」


そう言って、ここねはにこやかな笑顔のままつきねからスマホを奪い取った。


「……え!?」


「でもねっ、今はそれより大事なことがある!」


他人のスマホを握りしめて宣言すると、ここねはつきねに力こぶを作るようなポーズを見せてきた。


「それは筋トレ! 今は一にも二にも筋トレだぁ!」


「なんで筋トレ? 本当につきね分かんないんだけど……」


そんな姉妹を黙って見ていたまねが「ふふっ」と噴き出す。


「ここねちゃん、ちゃんと順序立てて言わないと。つきねちゃん困ってるよー」


ここねはスマホをつきねに差し出すと、


「説明するとね。今のつきねはたぶんいい声があまり出なくちゃってると思う。長く入院してたでしょ?」


そう言われて、つきねは小さくハッとした。


「つきねも分かったみたいだね。歌うにも身体が資本ってこと!」


つきねに明確な自覚はないが、ずっと横になっていることが多かったから、体力も筋力も弱っている確率は高そうだ。


「だから筋トレかぁ」


「そう、筋肉はすべてを解決するから! つきねが歌いたいっていう曲を聴きながらみんなでやろう!」


ここねがつきねとまねの肩を続けてポポンと叩いた。


「え!? 私も!?」


まねが目を見開き、ここねたちを見た。


「まね先輩も軽音部だもんね」


つきねの言葉を聞いて、まねはガクッと項垂れた。


◇   ◇


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◇   ◇ ここねが次に目を覚ますと、そこは無音の世界だった。 美癸恋(みきこい)町の中心街——その抜け殻のような場所に飛ばされるのも、中学生の時から数えてこれで四度目だ。 道端には駐車されたままの自動車が数台。 新商品やセール中を知らせる幟も見える。 しかし、ここには街しかない。人がいない。 ふと紅い月の禍々しい光が照らし作り出した影が一つ揺れる。 アーティストのステージ衣装さながらのいで立ちを

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ココツキオリジナル小説

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