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第4話前編「二人なら望む未来へ」03

◇   ◇


その不条理の前では、人は強くいられない。


前触れもなく襲ってくる身体を燃やすような発熱により、ここねは早退や欠席を余儀なくされた。


友人たちの心配する顔を見たくなくて、欠席をしてしまう自分がいる。


弱気になるのは良くないことだと分かっていても、気づくとネガティブな感情がまとわりつく。


そんなここねの心境に気づいているのか、勇気づけるようにつきねは呪いについて熱心にそして根気よく調べようとしていた。


ここねも夢で見たあの鬼の姉妹のことをできるだけ詳しく妹に話した。


つきねは時間を見つけては町に伝わるお伽噺の情報を集めた。


姉を呪いから救いたい一心で歩き回った。


ここねが見た夢が自分たちの住む美癸恋(みきこい)町だと信じたからだ。


図書館だけでなく、町にある小さな郷土資料館やその近くの寺院にも足を運んだ。


しかし、歴史的な資料などは当然簡単には見せてもらえず、つきねが真剣さを伝えれば伝えるほど、職員の人たちは困惑の色を深めてしまう。


閲覧可能な情報には非現実的な呪術に関する記述は期待できない。


「やっぱり呪いを解く方法なんて……書いてあるわけないよね」


呪術というものが信じられていた時代はとうの昔だ。


呪いが存在すると考える者とそうでない者では、前提も認識も違うのだ。


つきねたちと大多数の人との間には見せない壁がある。


その壁を崩すのは不可能に近いように、つきねには思えた。


お守りやお札のようなものもいくつか買ってはみたが、気休めにもならなかった。


それでも可能性を捨てきれず藁にもすがる想いで、つきねは有名な占い師や霊媒師に頼ることにした。


最近はトークアプリや電話で相談を受けてくれる人もいて、その気軽さがきっかけになった。


評判のいい霊媒師は柔和な声で相槌を入れながら、つきねの話を聞いてくれた。


大切な姉が呪いに侵されていて、医学では対処できないと言っても、笑わずにいてくれた。


しかし、具体的な解決策は教えてくれず、「気を強く持つこと」や「呪いという言葉がお姉さんに心理的悪影響を与えている」ので、自分の店で販売している護符を買って効果があると信じ切ることが肝要とセールスを始めてきた。


さすがにつきねも困ってしまったが、次にコンタクトを取った占い師に比べたら親身だった。


トークアプリを使い営業している占い師も話は聞いてくれた。


だが、姉は本当に実在しているかを確認してきたり、つきねに十分な睡眠をとることと折を見て病院に行くことを強く勧めてきたのだ。


しつこく色々と質問したつきねにも問題があったかもしれないが、最終的にブロックされてしまったのは少なからずショックだった。


(こういう職業の人も、不思議な力があるわけじゃないんだなぁ、やっぱり)


つきねはメッセージのやり取りが終わるとすぐに自分のスマホを持って、ここねの部屋へ向かった。


この一連の不毛な出来事で唯一の良かったことは、この話を聞いたここねが笑ってくれたことだ。


「見てよ、おねーちゃん! 病院に行くことを強くお勧めしますってメッセージで終わりなの!」


「あはは。それで治るなら治ってるよねー」


「ホントだよね。病院に行ってダメだったって最初に説明してるのに」


つきねの怒りたい気持ちも、ここねが笑顔を見せてくれれば、楽しさに変換されてしまう。


ここねに少しでも元気を送りたかった。


だから、つきねは少し前から計画していた歌を披露することにした。


「まだ何も役に立ちそうな情報は見つからないし……歌で呪いは解けないけど」


初めて一人でカラオケに行って、こっそり練習もした。


本当はもっと練習してからと思っていたけれど、今聴いてもらうのが一番いい気がした。


「つきねからのプレゼント受け取ってほしいな」


どんなにつらい時だって、つきねがいつも側にいると伝えたかったから。


歌がきっと届けてくれる。



◇   ◇

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◇   ◇ 力が抜けたここねの身体をつきねは抱き留める。 「痛かったよね……」 そのままつきねは一度だけここねを強く抱きしめた。 しかし、のんびりしている時間はない。 つきねはここねの左胸を注視していると、黒い何かがそこにあるのだと直感した。 ここねの日記に書いてあったように、つきねは腕をここねの中で渦巻く黒い靄に向かって伸ばしていく。 「! ……来たっ」 鍵がどこからともなく掌中に現れたこと。

◇   ◇ ここねが次に目を覚ますと、そこは無音の世界だった。 美癸恋(みきこい)町の中心街——その抜け殻のような場所に飛ばされるのも、中学生の時から数えてこれで四度目だ。 道端には駐車されたままの自動車が数台。 新商品やセール中を知らせる幟も見える。 しかし、ここには街しかない。人がいない。 ふと紅い月の禍々しい光が照らし作り出した影が一つ揺れる。 アーティストのステージ衣装さながらのいで立ちを

◇   ◇ 春頃に比べて日が伸びたといっても、つきねが帰り着く頃にはすっかり暗くなっていた。 ドライヤーで乾かし終わると、つきねは髪をブラシで数回撫でる。 「ふぅ……これでいいかな?」 入浴後で、つきねは身も心もサッパリした気分だ。 やることも決まり、迷うのをやめた。 迷っていては大好きなものが消えてしまうかもしれないから。 数え切れないほどこの土地に生まれ暮らしてきた姉妹たちを、死に追いやった『

ココツキオリジナル小説

 『月ノ心ニ音、累ナル。』

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