第4話前編「二人なら望む未来へ」02

◇   ◇


相変わらずの微熱だが、それを隠してここねは久しぶりに登校した。


一年以上通っている高校へと続く見慣れた道も、いつもより鮮やかに目に映った。


「ここね!?」「ここねちゃん!」「もういいの?」「もう心配したよー……」


教室のドアをガラッと開けて数秒後、クラスメートたちの声がいくつも飛んできた。


わざわざ駆け寄ってくれた友人もいる。


ここね自身もこの反応は少し意外で、心の芯がじんわりと温かくなる。


「心配かけてごめんねー。これからはできるだけ登校するから」 


「……それじゃ、まだ完治したわけじゃないんだね」


残念そうに桜ヶ丘まねが確認してくる。


「まだちょっとね。でも治してみせるから」


ここねは自分の日常を取り戻すため、教室でささやかな宣言をした。


高校に通って、音楽をやる。つきねやまねと一緒に。


たくさんの人に歌を聴いてもらいたいから。


——放課後に訪れた部室。


この場にいるのはいつもの三人だ。


軽音部としての活動を本格的に再開することはできなくとも、集まった。


「おねーちゃん、授業中気持ち悪くなることとかなかった?」


つきねが気遣う言葉をかけてくる。


まねも休み時間になる度ここねの体調を気にしていた。


はっきり言って過保護すぎるが、ここねも妹のことが心配で堪らなかったから言わないでおく。


「何とかねー。授業も楽しかったし」


久しぶりの授業は新鮮な気持ちで受けられた。


きっと今日の時間割に数学がなかったのも理由の一つだと思う。


「そうだ。お誕生日過ぎちゃったけど、ここねちゃんが元気になったら盛大にお祝いしようね!」


「やりたい! ——いいよね? おねーちゃん」


今年の6月6日は誕生日を祝える状況ではなかった。


高熱で学校にも行けず、一日中自室のベッドの上で過ごして終わった。


ここね史上一番嬉しくない誕生日だった。


けれど、それをここねの親しい人たちは改めて祝ってくれると言う。


「楽しみにしとくよ!」


その日が少しでも早く来るように、ここねは頑張らないといけない。


「今日一日ここねちゃんの様子をずっと見てたけど、思ってたより体調が良さそうで本当によかったよー」


「ずっと見てたって……さては私のファンだな?」


まねの言葉を聞いて、ここねは内心ホッとする。


親友には、これ以上心配させたくない。


「ここねちゃんのファン兼マネージャーです!」


「まね先輩……つきねは?」


つきねが悲しそうな声音で言うが、これはわざとだ。姉であるここねには分かる。


いや、まねも分かっているはずだ。


「もちろん、つきねちゃんの大ファンだよー」


まねはつきねとハグする。


茶番めいたやり取りも楽しくて、笑い声が誰からともなくこぼれる。


学校に来ることにして良かった——ここねは本心からそう思った。


この何気ない時間がここねを支えるものだからだ。


しかし、ここねの「日常」は呪いという名の不条理にすでに侵食されている。


◇   ◇

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