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幕間「千歳のあなたに」07

◇   ◇


数分後か、数時間後か、あるいは数日後か――


妹は荒屋の布団の上で目を覚ました。


「私……心臓を抉られて死んだはずなのに……なんで生きている……?」


不思議に思っていると、さらに彼女は自分の異変に気づいた。


手を動かすことができる。


足も動く。


そして、彼女は立ち上がることができた。


今までは衰弱して全身にまったく力が入らず、指先さえ動かすことが困難だったのに。生まれてからずっとつきまとっていた体の倦怠感はなくなり、体が軽い。


「呪いが……消えた……? 姉様! 姉様!!」


妹は姉の姿を探した。呪いが消えたのだとしたら、姉も回復しているはずだ。


この体が自由に動くようになったのなら、もう今までのような苦しい生活をする必要はない。すぐにでも二人で遠くの村なり町なりへ行き、もっとまともな生活をすることができるだろう。鬼の血を半分受け継いでいるため、姉妹は人間よりも遙かに身体能力が高い。


その肉体的な有利さがあれば、どこへ行っても生きていくことができるはずだ。姉妹で手を取り合って生きていけば、きっと幸せになれるはずだ。


苦しみの時間は終わった。


これからは姉妹で幸せに生きていけるはずだ。


しかし――


妹は、自分のすぐ傍で、姉が倒れていることに気がついた。


「姉……様……?」


彼女は姉の胸に耳を当てた。


心臓が動いていなかった。


「どうして……」


姉は死んでいた。


妹は知らなかったのだが、鬼は相手を殺すことで、相手の呪いを奪うことができるのである。


姉は妹を殺そうとし、誤ってその呪いを奪ってしまい、そして死んだ。


身を寄せ合って生きてきた姉妹だったが、結局最後には、姉は妹を殺そうとし、妹は姉に呪いを押しつけて殺してしまった。姉妹はお互いを愛していながら、最期の最期で殺し合ったのだった。


妹は愛する姉の亡骸を抱きながら、いつまでもいつまでも泣き続けた。


彼女は家族をすべて失い、一人ぼっちになってしまった。


その後、妹はどこへ行き、どうやって生きたのか、あるいは死んだのか。


行方を知る者は誰もいない。



それ以来、村では数十年に一度、鬼の姉妹と同じように『呪い』を宿した姉妹が生まれるようになった。呪いは姉か妹のどちらかの体に宿り、姉妹の片方の命を奪った。


鬼の姉妹を苦しめた呪いは、長い時を経てもその地に留まり続け、村で生まれる姉妹の命を奪い続けているのである。


◇   ◇


「その村はね、『鬼が囲む村』『鬼を見ることができる村』として、『見鬼囲(みきこい)村』と呼ばれていたそうよ。今、私たちが住んでいる美癸恋(みきこい)町のことね」


そう言って母は、この町に伝わるお伽噺を語り終えた。


つきねはうとうとしており、もう母が語る話をほとんど聞いていないようだった。


ここねの方はというと、母の話を聞き終えて、泣き出してしまった。


「ごめんごめん、泣かないで! 怖い話をしてごめんね、ここね!」


慌てて母はここねを慰めた。


「ぐすっ、うう……ちがうの……。こわくてないてるわけじゃないの……」


ここねは声を震わせながら言った。

「じゃあ、どうして泣いてるの?」


「うぅ……わかんない……でも、イヤだよぉ……ぐすっ……」


ここねにも、自分がどうして泣いているのかわからなかった。


ただ、鬼の姉妹の最期が、どうしようもなく悲しかったのだ。


ここねは涙を浮かべながら、愛する妹を強く抱きしめる。


「わたしはなにがあっても、つきねをまもるからね……ひとりにしたりしないから……」


つきねはここねに抱きしめられながら、きょとんとしていた。彼女はまだ幼かったから、お伽噺の意味も、姉が泣いている理由も、まったくわかっていなかっただろう。


けれど、泣いている姉を少しでも慰めたいと思ったのか、つきねはここねの頭を撫でながら言った。


「なかないで。つきねもおねーちゃんと、いっしょにいるから」


◇   ◇


『月ノ心ニ音、累ナル。』

幕間「千歳のあなたに」


◇   ◇


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◇   ◇ 力が抜けたここねの身体をつきねは抱き留める。 「痛かったよね……」 そのままつきねは一度だけここねを強く抱きしめた。 しかし、のんびりしている時間はない。 つきねはここねの左胸を注視していると、黒い何かがそこにあるのだと直感した。 ここねの日記に書いてあったように、つきねは腕をここねの中で渦巻く黒い靄に向かって伸ばしていく。 「! ……来たっ」 鍵がどこからともなく掌中に現れたこと。

◇   ◇ ここねが次に目を覚ますと、そこは無音の世界だった。 美癸恋(みきこい)町の中心街——その抜け殻のような場所に飛ばされるのも、中学生の時から数えてこれで四度目だ。 道端には駐車されたままの自動車が数台。 新商品やセール中を知らせる幟も見える。 しかし、ここには街しかない。人がいない。 ふと紅い月の禍々しい光が照らし作り出した影が一つ揺れる。 アーティストのステージ衣装さながらのいで立ちを

◇   ◇ 春頃に比べて日が伸びたといっても、つきねが帰り着く頃にはすっかり暗くなっていた。 ドライヤーで乾かし終わると、つきねは髪をブラシで数回撫でる。 「ふぅ……これでいいかな?」 入浴後で、つきねは身も心もサッパリした気分だ。 やることも決まり、迷うのをやめた。 迷っていては大好きなものが消えてしまうかもしれないから。 数え切れないほどこの土地に生まれ暮らしてきた姉妹たちを、死に追いやった『

ココツキオリジナル小説

 『月ノ心ニ音、累ナル。』

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