幕間「千歳のあなたに」01

    ◇   ◇


    それは鈴代ここねの原体験とも言える記憶――彼女が持つ古い想い出だ。


    一体いつの頃だっただろうか。ここねとつきねは、まだ小学生にもなっていなかった。


    ある夜、幼いここねとつきねに、母は寝物語を聞かせた。


    「昔、この町にはね、鬼が住んでいたのよ」


    「おに?」


    ここねは母に尋ね返す。


    つきねはここねよりもっと幼かったから、母の言葉の意味がわからず、ただきょとんとしていた。


    「そう。頭に角が生えた鬼よ」と母は言う。


    「にんげんをたべる、こわいおに?」


    鬼は、人間を襲ったり食べたりする怖い怪物だ――ここねは絵本で見て、そう思っていた。


    しかし、母は微笑んで答える。


    「ううん、違うわ。この町に住んでいた鬼たちはね、人間のことをとても好きな鬼だったのよ」


    母は娘たちに話し始めた。


    この町に伝わる、荒唐無稽で苦痛と慈愛に満ちた悲しい物語を――。


    ◇   ◇


    むかしむかし、京都に平安の都があった頃。


    文明が発達する以前の人間にとって、怪異は今よりも遙かに身近な存在だった。


    人々は日々、神仏に祈りを捧げ、死者の霊魂を祀った。


    人ならざる存在は、夢物語や奇人の戯言ではなく、実体として存在していた。それらの怪異の中で、神仏と呼ばれるものは人々に利益や救いを与えたが、妖や魔物と呼ばれるものたちはただ人間を害して傷つけるばかりだった。そのため人間は妖と魔物を怖れ、時には人の中で特別な力と知識を持った者が、それらを討つこともあった。


    妖と魔物がどこから現れるのかはわからない。一説によれば、当時の世界は人間たちの世界『現世(うつしよ)』と、怪異たちの世界『幽世(かくりよ)』との境目が曖昧であり、様々な怪異が人間たちの世界に訪れやすかったのだという。


    それらの中でも、最も乱暴で最も多く人間に危害をもたらしたものが、『鬼』だった。


    鬼はこの国の様々なところに住み着き、食糧を奪い、子供や老人を踏みつけ、若者を喰らい、女を襲った。鬼にとって人間は、ただただ搾取するだけの弱者であり、家畜以下の存在であった。


    だが、とある村の周辺に住み着いた鬼は、他の鬼たちと様子が違っていたのである。


    当時は日本各地に無数の武士集団があり、それらが日々争いを繰り返す戦乱の時代だった。


    けれどその村には、まだ戦乱の火の手は伸びておらず、人々は比較的穏やかに日々を過ごしていた。


    ところが、その平穏はある時期から、脈絡もなく崩壊する。


    村近くにある山の中に、人ならざる存在――『鬼』の集団が住み始めたのだ。


    人々は鬼の出現に怯えた。このままではいつ鬼が山を下りて来て、村を襲い始めるかわからない。被害が出る前に村人全員で居住地を移すべきだ、という案も出た。しかし、新たな土地を開墾することには莫大な時間と労力が必要になるし、武士同士の争いに巻き込まれない地域を新たに見つけられる保証もない。また、年老いた村人たちもいるため、移動すること自体も困難だった。


    そのため目の前に危険が存在するにも関わらず、村人たちはどうすることもできず、生活を続けるしかなかった。


    人々はただただ怯える日々を送り、一年が経ち、二年が過ぎる。


    しかしその間、鬼が人間を襲うことは一度もなかった。


    村人たちは不思議に思い始める。なぜ鬼は村を襲って来ないのか?他の村で鬼が出現した時には、例外なく蹂躙されたのに、なぜこの村だけが――?


    そんなある日、一人の青年が村を訪れた。彼は高名な方術士の弟子であり、諸国を巡って修行をしているのだという。この村に鬼が出現したという噂を聞き、人々を救うために村を訪れたのだった。


    村人たちは青年に懇願した。


    「方士様、どうか私たちを助けてください。鬼たちを退治してください。今は鬼の奴らはおとなしくしていますが、いざ襲ってきたら、このような小さな村、ひとたまりもありません」


    青年はもちろんそのつもりだったが、鬼が今まで村を襲わなかった理由がわからなかった。


    「まずは私が鬼たちと話をしてみよう」


    青年はそう言って、鬼たちが住む山の中へ向かった。


    ◇   ◇


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    ココツキオリジナル小説

     『月ノ心ニ音、累ナル。』

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