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第1話後編「はじめの一歩。そして一足先に」10

◇   ◇


その時――


ここねがつきねの手を握った。


ここねは妹に一瞬だけ視線を向ける。


『大丈夫だよ。私がここにいるから』


彼女の目はそう言っていた。


つきねの手にここねの温もりが伝わる。それだけで、つきねの脚の震えが止まった。


『ありがとう、おねーちゃん』


つきねも視線でそう伝えて、ここねの手を握り返した。


手を握ったまま、ここねたちは設置されたマイク前に進み、


「軽音部でーす! 今日は二曲だけですけど楽しんでもらえると嬉しいでーす!」


壇上から見ると、多くの生徒がいるが軽音部目当てというより、前の演劇部の出し物を見にきたという人が多そうだ。


出ていこうとする人たちの姿も見える。


緞帳が上がり切り、イントロが流れ始める。つきねと何度も一緒に歌った曲だ。


ここねが目配せすると、つきねもマイクを手にする。


(一人でも多く最後まで聴いていってもらう。私とつきねの歌を!)


ここねが歌い出すと、出ていこうとしていた人たちの足が止まる。


つきねが歌い出すと、壇上に視線が集まる。


二人の歌声が重なる。





ここねはつきねと歌うのが大好きで、今この瞬間、とても幸せを感じている。


人前でこうして歌うのは初めてだったのに、緊張していた体も自然とリズムに乗っていた。


つきねも同様らしく、ここねは思わず笑顔になる。


軽やかな旋律とともに鈴代姉妹の歌声が体育館に満ちていく。


桜ケ丘まねは、観客の生徒たちに混ざってデジカメを片手にフロアにいた。


軽音部の活動を記録に残すためだ。


楽しそうに歌い上げるここねとつきねをカメラに越しに見る。


撮影をしながら、まねは二人の歌声に聴き惚れていた。


「やっぱりここねちゃんの隣には、つきねちゃんがいないとね」


贔屓目に見ずとも、ここねの歌は上手い。けれど、つきねの歌声が加わると相乗効果が生まれる。


異なる二つの声だというのに、心にすぅーと入ってくる。


まねは中学時代から密かに二人のファンだった。


二人のファンはきっと増えると、まねは確信していた。


周りにいる生徒たちが歌に耳を傾け、体を揺らしている。


そして何よりも舞台上のここねとつきねがとても晴れやかな表情を浮かべているから。


歌い終わると、つきねたちを大きな拍手が迎えてくれた。


◇   ◇


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ココツキオリジナル小説

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