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第1話後編「はじめの一歩。そして一足先に」03

◇   ◇


つきねは軽音部が創設された日のことをよく覚えている――


その日、ここねは家に帰って来るなり、


「つきねつきねつきねつきねぇ~~!!」


喜色満面でつきねの部屋にやってきた。


「ど、どうしたの……おねーちゃん!?」


「聞いて聞いて。私、部長になっちゃいましたー! 軽音部の部長!」


「やったね……おめでとう、おねーちゃん!」


「このために辛い受験勉強も頑張ったからね。これで夢へ着実に一歩前進だー」


この時のここねの笑顔は、高校合格発表の時よりも嬉しそうでキラキラ輝いていた。


そして今、ここねは軽音部と共に、夢に向かって進んでいる。


歌手になるというはっきりとした夢。


それを実現させるための一歩を踏み出せる姉につきねは憧れを抱いていた。


自分にはまだ明確な夢や目標がない。だからつきねの目には一層鮮明に輝いて映る。


つきねは目標に向かって頑張るここねを応援したいと心から思った。


「文化祭、絶対に見に行くよ、おねーちゃん」


つきね自身、来年受験する予定の音咲高校の文化祭には、学校見学がてら行こうと思っていたが、ますます楽しみだ。


「なら一緒に見て回ろう、色々案内するよ」


「すごく助かる……行くの初めてだし一人で回るの少し不安だなぁって思ってたから。でも、当日の準備とかはいいの?」


「つきねと一緒に文化祭を回るのは準備みたいなもんだから!」


「すぐ適当なこと言う……でも、すごく楽しみ」


ぐぅ~と小さな音がここねのお腹あたりから聞こえてきた。ここねがお腹を手で軽く抑える仕草を見せる。


「お腹減ってたの忘れてた~。今日のご飯、何? つきねはもう食べた?」


「ううん。おねーちゃんと一緒に食べようと思って。そして今日のメインはお母さん特製のふわふわつくねだよ!」


「近頃、つきねの好物多くない?」


「去年はカレーの頻度すごく高かったからおあいこだよ。カレーじゃないとパワーが出ないーって」


「だって、カレーは主食だし。ちょっと手洗ってくるね、もう少し待っててー」


「あ、着替えてきていいよ」

「分かったー」


ここねがリビングを出ていくと、つきねは二人の茶碗と箸を用意するため、キッチンのほうに向かった。


◇   ◇


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◇   ◇ 力が抜けたここねの身体をつきねは抱き留める。 「痛かったよね……」 そのままつきねは一度だけここねを強く抱きしめた。 しかし、のんびりしている時間はない。 つきねはここねの左胸を注視していると、黒い何かがそこにあるのだと直感した。 ここねの日記に書いてあったように、つきねは腕をここねの中で渦巻く黒い靄に向かって伸ばしていく。 「! ……来たっ」 鍵がどこからともなく掌中に現れたこと。

◇   ◇ ここねが次に目を覚ますと、そこは無音の世界だった。 美癸恋(みきこい)町の中心街——その抜け殻のような場所に飛ばされるのも、中学生の時から数えてこれで四度目だ。 道端には駐車されたままの自動車が数台。 新商品やセール中を知らせる幟も見える。 しかし、ここには街しかない。人がいない。 ふと紅い月の禍々しい光が照らし作り出した影が一つ揺れる。 アーティストのステージ衣装さながらのいで立ちを

◇   ◇ 春頃に比べて日が伸びたといっても、つきねが帰り着く頃にはすっかり暗くなっていた。 ドライヤーで乾かし終わると、つきねは髪をブラシで数回撫でる。 「ふぅ……これでいいかな?」 入浴後で、つきねは身も心もサッパリした気分だ。 やることも決まり、迷うのをやめた。 迷っていては大好きなものが消えてしまうかもしれないから。 数え切れないほどこの土地に生まれ暮らしてきた姉妹たちを、死に追いやった『

ココツキオリジナル小説

 『月ノ心ニ音、累ナル。』

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