top of page

第1話後編「はじめの一歩。そして一足先に」01

◇   ◇


鈴代ここねが音咲高校に入学して、半年が過ぎていた。


東京の――ここねが暮らす美癸恋(みきこい)町も少し前まで、夏の延長戦と言えるほ

どの暑さが居座っていた。けれど、十月も半ばとなれば秋の気配が強まってくる。陽が落ちると、だいぶ涼しく感じられる。


ここねはスマホで音楽を聴きながら、帰り道を急ぐ。


プレイリストも今はもう終盤。一周する頃には、自宅に着いているだろう。


最近ここねが聴いているお気に入りの曲は、今まさに歌いたい曲ばかりだ。そのせいか、ついつい口ずさんでしまうこともある。


もう別れてしまったが、途中まで一緒に帰っていたまねにさきほど少し注意されたばかりだ。


「気を付けてはいるけど、歌いたくなっちゃうんだよね。ん~んん~♪」


家につくと、ここねは自分の部屋より先にリビングに向かった。


「つきねー、ただいまー」


「おかえり、おねーちゃん」


リビングにはつきねが一人。中学の制服ではなく、部屋着代わりのマキシ丈のワンピースに着替えている。


パジャマではないので、まだ入浴は済ませていないようだ。


「最近帰ってくるの遅いけど、どうしたの?」


つきねが心配そうに尋ねてきた。


「あれ、つきねにはまだ言ってなかったっけ。来月の文化祭、軽音部としてステージで歌えることになったから、その準備してて」


「……そうだったの!?」


ここねの予想以上につきねは驚いていた。


「うん。でも、時間の都合で二曲くらいになりそう。選曲ほんと悩むー」


「わあ、本当に良かったね! 軽音部はおねーちゃんとまね先輩だけだし、体育館のステージ使えるかわからないって夏休み明けくらいに言ってから、無理なんだと思ってたよ」


自分のことのように喜ぶつきねに、ここねは胸を張ってみせる。


「ふっふっふ。それがおねーちゃんの人徳と人望がなせるワザだよ」


◇   ◇


次2



目次


最新記事

すべて表示

◇   ◇ 力が抜けたここねの身体をつきねは抱き留める。 「痛かったよね……」 そのままつきねは一度だけここねを強く抱きしめた。 しかし、のんびりしている時間はない。 つきねはここねの左胸を注視していると、黒い何かがそこにあるのだと直感した。 ここねの日記に書いてあったように、つきねは腕をここねの中で渦巻く黒い靄に向かって伸ばしていく。 「! ……来たっ」 鍵がどこからともなく掌中に現れたこと。

◇   ◇ ここねが次に目を覚ますと、そこは無音の世界だった。 美癸恋(みきこい)町の中心街——その抜け殻のような場所に飛ばされるのも、中学生の時から数えてこれで四度目だ。 道端には駐車されたままの自動車が数台。 新商品やセール中を知らせる幟も見える。 しかし、ここには街しかない。人がいない。 ふと紅い月の禍々しい光が照らし作り出した影が一つ揺れる。 アーティストのステージ衣装さながらのいで立ちを

◇   ◇ 春頃に比べて日が伸びたといっても、つきねが帰り着く頃にはすっかり暗くなっていた。 ドライヤーで乾かし終わると、つきねは髪をブラシで数回撫でる。 「ふぅ……これでいいかな?」 入浴後で、つきねは身も心もサッパリした気分だ。 やることも決まり、迷うのをやめた。 迷っていては大好きなものが消えてしまうかもしれないから。 数え切れないほどこの土地に生まれ暮らしてきた姉妹たちを、死に追いやった『

ココツキオリジナル小説

 『月ノ心ニ音、累ナル。』

bottom of page