◇ ◇
つきねはその手を見つめる。
手を取らずに断ることだって、つきねにはできた。そもそも生徒でもない人間がステージに立つこと自体、校則違反なのだから。つきねが「やっぱり無理だよ」と、そう言うこともできた。
けれど――
つきねは、躊躇いながらも、ここねの手を取った。
「本当に……おねーちゃんは強引だよ。うまくできなくても、知らないからね」
「大丈夫、絶対に成功するよ。私が保証する」
ここねの言葉を聞くと、つきねはステージに立つことへの恐怖感が、少しだけ和らいだ。
おねーちゃんの言葉には不思議な力があるよねと、つきねはそう思った。
「カラオケの時、何回もデュエットにしようって言ってきたからなんか変だなーって思ってた。つきねの練習だったんだね」
ここねは少しだけバツが悪そうに頷いた。
「ばっちり似合ってる! 可愛い可愛い、つきね最高!」
「ほ……本当?」
本来ならば数か月後――入試に合格した後に着る音咲高校の制服に、つきねは身を包んだ。まねの制服なので少しサイズが合っていないが、ここねの言葉に嘘はない。
現在、ここねとつきねは体育館の緞帳の内側で待機している。
時間が来たら音楽は伴奏代わりにCDがかかるように、まねに頼んである。
「歌うのは二曲だけだから。思いっきり楽しもう!」
「うん」
頷いたつきねの瞳に不安の色は薄いが、緊張しているのは隣にいるだけでここねにも伝わってくる。
開演時間が来て、ゆっくりと緞帳が上がった。
ステージの縁の向こうには、大勢の音咲高校の生徒がいる。数百人はいるだろう。生徒たちの多くは、ステージ上に立つここねとつきねに注目している。
つきねはこれほど多くの人から、注目されたことがない。
さっきまで少しだけ和らいでいた緊張と恐怖が、再びつきねを呑み込んでいく。
脚が震える。息がうまくできない。
(あれ……? つきねは……なんでここにいるんだっけ……?)
つきねの思考が混乱する。目の前にはスタンドマイク。
歌う? こんなに大勢の人の前で?
怖い。怖い。怖い。怖い。そんなことできるわけがない。
脚が震えて力が入らなくなって、つきねはその場に座り込もうとした。
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