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第1話後編「はじめの一歩。そして一足先に」08

◇   ◇


つきねが望んだのは軽音楽部の部室。


現在使われていない教室を使用しているので、普段は特に目を引くようなものはない。


しかし、


「え? まね先輩……何してるんですか?」


足を運ぶと、赤いジャージ姿の桜ケ丘まねが音咲高校の制服を畳んでいた。


「え? つきねちゃん……何も聞いてないの?」


「あれー? 歌詞どこに置いたか、まね知らない?」


つきねとまねが二人同時にここねを見る。


「あの……おねーちゃん?」


ここねはCDに付属していたリーフレット見つけ、つきねに渡す。


「あったあった! はい、本番前に歌詞確認しとこ。あ、それより歌を聴く方がいい?」


「いやいやいや……! 本当につきねちゃんに説明してないの!?」


まねが詰め寄ってくる。


「だって、文化祭のステージで一緒に歌おうなんて言ったら、つきね来てくれないかもしれないし」


「そうかもしれないけど……」


とまねが頭を押さえながら、ため息をつく。


不安げな表情でつきねが尋ねてくる。


「……ほんとにつきねも文化祭のステージ出るの…?」


「大丈夫大丈夫! 可愛いから許される!」


「や、つきね中学生なんだけど……」


「平気平気! 可愛いから!」


「……高校の文化祭だよ?」


「可愛いから!」


「はぁ……」


「つきねは歌もうまいし、心配ないって」


「そこ以外に心配がいっぱいあるんだけど……」


実はね、とまねが説明を始める。


当然のことだが、学校側に提出した書類ではここねとまねが歌うということになっており、まねの代わりにつきねに歌ってもらうという計画を進めていた。まねも鈴代姉妹の歌を大好きで、無茶と分かっていながら協力してしまった、と。


そしてつきねに制服を貸すため、まねは今ジャージを着ている。


「まね先輩も共犯者だ……!」


「ごめんね……! もしもの時はつきねちゃんの代わりに私が怒られるから」


まねは拝むように手を合わせ、つきねにちょこんと頭を下げる。


「あ、怒られる時は私の分もお願い!」


「ここねちゃんは一緒に怒られてよ!? 首謀者でしょ!」


反射的にまねがパシリとここねの肩を軽く叩いた。


ここねとまねのやり取りを見て、思わずつきねは笑ってしまう。


しかし、問題はステージだ。大勢の人の前に立って歌うなんて、つきねにはとてもできそうもない。


「行こう。一緒に歌おうよ、つきね」


ここねは、つきねに手を差し出した。


◇   ◇


次8

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◇   ◇ 力が抜けたここねの身体をつきねは抱き留める。 「痛かったよね……」 そのままつきねは一度だけここねを強く抱きしめた。 しかし、のんびりしている時間はない。 つきねはここねの左胸を注視していると、黒い何かがそこにあるのだと直感した。 ここねの日記に書いてあったように、つきねは腕をここねの中で渦巻く黒い靄に向かって伸ばしていく。 「! ……来たっ」 鍵がどこからともなく掌中に現れたこと。

◇   ◇ ここねが次に目を覚ますと、そこは無音の世界だった。 美癸恋(みきこい)町の中心街——その抜け殻のような場所に飛ばされるのも、中学生の時から数えてこれで四度目だ。 道端には駐車されたままの自動車が数台。 新商品やセール中を知らせる幟も見える。 しかし、ここには街しかない。人がいない。 ふと紅い月の禍々しい光が照らし作り出した影が一つ揺れる。 アーティストのステージ衣装さながらのいで立ちを

◇   ◇ 春頃に比べて日が伸びたといっても、つきねが帰り着く頃にはすっかり暗くなっていた。 ドライヤーで乾かし終わると、つきねは髪をブラシで数回撫でる。 「ふぅ……これでいいかな?」 入浴後で、つきねは身も心もサッパリした気分だ。 やることも決まり、迷うのをやめた。 迷っていては大好きなものが消えてしまうかもしれないから。 数え切れないほどこの土地に生まれ暮らしてきた姉妹たちを、死に追いやった『

ココツキオリジナル小説

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