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通う学校が変わるただそれだけで、ここねがつきねと離れ離れになるわけではない。
それなのに、涙がこみ上げてくる。
今度は堪えられず、ここねは涙を流した。想いがポロポロと零れ落ちる。
「卒業なんて、したくないよ……」
ここねの小さく震える体をつきねの細い腕が包んでくれる。
「つきね……一緒がいい……」
精いっぱい強く。けれど優しく。
「……おねーちゃんは、泣き虫だなぁ」
少しだけ涙ぐんだような、とても柔らかい声音がここねの耳に触れる。
つきねに抱きしめられて、ここねの震えは治まっていく。
「……つきね……」
「約束」とつきねは小さな声で言った。
「つきねはすぐに追いつくから、また同じ学校に行こうね」
「うん……待ってるから」
「うん」
涙が止まった頃、そっとつきねがここねの体から離れる。
ここねはつきねの少し困った顔を見て、気恥ずかしさでいっぱいになる。
(いつもと同じようにしなきゃ……って思ったのに。泣かないようにしようって思ってたのに……)
妹の前で涙を流して、妹に抱きしめられて、慰められてしまった。
きっと目も赤くなっているに違いない。ここねは顔の熱さも感じていた。
「えっと……つきね?」
「大丈夫だよ、おねーちゃん」
妹のフォローがここねの心にチクチクと突き刺さる。姉の威厳なんてあったものではない。
ここねは挽回の手段を考え始める。
すると同時に、
「あ、いたいた~。ここねちゃーん!」
まねの声が廊下に響いた。
「もうー、なんでスマホの電源切ってるの~。打ち上げの会場に行くよ~! ほらほら早く!」
ここねはつきねを振り返る。
「つきねのことなんて気にしないで、行ってきなよ。その前にこれ」
つきねがハンカチを差し出した。
「ありがとっ!」
目じりをハンカチでふき取ると、
「分かったー! 今行くー!」
ここねはまねのもとに駆け出した。
つきねは少しずつ小さくなっていくここねの背中に言葉を投げかける。
「中学校、おねーちゃんのおかげで楽しかったよ」
ここねの姿が見えなくなるまで、つきねはその場から動かなかった。
(つきねも、おねーちゃんと同じ気持ちだったよ)
いつか姉離れする日がつきねにも来るかもしれない。けれど、その日はもっともっと先のことだろう。
つきねは右手を優しく握る。
その中には青々とした小さな四葉のクローバーがあった。
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