第1話前編「クローバーに約束を」05

◇   ◇


いつもより昇降口までの距離が短く感じられた。


自分の下駄箱に向かうつきねの背中を眺めながら、小さな日常の一コマも最後なんだとここねは強く思う。


つきねが音咲高校を受験して合格するものと仮定しても、一年間はバラバラの学校に通うことになる。


あって当たり前のものが欠けてしまう。


自分自身を半分失うような――そんな不安がここねの胸の奥に少しずつ溜まっていく。


「こんなこと考えても仕方ないのにね……」


ここねは不安を消し去ろうと左右に小さく首を振る。


「ここねちゃん、おはよー」


「ぅおわーっ!?」


ここねが振り返ると、同級生の桜ヶ丘まねが怪訝な顔をしていた。


「驚きすぎでしょ……それより、今なんか言ってなかった?」


「ううん、何にも」


「ふーん」


まねの疑いの視線がここねを突き刺す。


「とりあえず教室行こ行こ……! クラスメートと過ごす時間もわずかだ!」


まねのおかげで、しんみりした気分が何処かに行ってくれた気がして、感謝の気持ちを込めながら急かすように彼女の背を押した。


「え、なになに……押さなくたって行くから~~」


卒業式はプログラム通りつつがなく進む。


呆気なささえ感じてしまうくらい順調だった。


卒業証書を受け取るため、壇上に上がる時も、緊張や感慨は思ったより小さかった。


ここねの胸には在校生につけられた「卒業おめでとう」のリボン。体育館には拍手が響いていた。大きな拍手に送られ、卒業生が色とりどりの花飾りがついたアーチをくぐっていく。


その中の一人であるここねは、視線を向けた在校生の席につきねの姿を見つけた。


つきねもニッコリと笑顔を返してくれる。


朝に見たのとは違う柔らかな微笑み。大好きな妹の優しい表情だった。


すぐにその笑顔を見ることはできなくなり、胸の奥がキュッと締め付けれた。


◇   ◇


次06


目次

最新記事

すべて表示

第4話後編「決められた運命に逆らって」06 (第一部完)

◇   ◇ 力が抜けたここねの身体をつきねは抱き留める。 「痛かったよね……」 そのままつきねは一度だけここねを強く抱きしめた。 しかし、のんびりしている時間はない。 つきねはここねの左胸を注視していると、黒い何かがそこにあるのだと直感した。 ここねの日記に書いてあったように、つきねは腕をここねの中で渦巻く黒い靄に向かって伸ばしていく。 「! ……来たっ」 鍵がどこからともなく掌中に現れたこと。

第4話後編「決められた運命に逆らって」05

◇   ◇ ここねが次に目を覚ますと、そこは無音の世界だった。 美癸恋(みきこい)町の中心街——その抜け殻のような場所に飛ばされるのも、中学生の時から数えてこれで四度目だ。 道端には駐車されたままの自動車が数台。 新商品やセール中を知らせる幟も見える。 しかし、ここには街しかない。人がいない。 ふと紅い月の禍々しい光が照らし作り出した影が一つ揺れる。 アーティストのステージ衣装さながらのいで立ちを

第4話後編「決められた運命に逆らって」04

◇   ◇ 春頃に比べて日が伸びたといっても、つきねが帰り着く頃にはすっかり暗くなっていた。 ドライヤーで乾かし終わると、つきねは髪をブラシで数回撫でる。 「ふぅ……これでいいかな?」 入浴後で、つきねは身も心もサッパリした気分だ。 やることも決まり、迷うのをやめた。 迷っていては大好きなものが消えてしまうかもしれないから。 数え切れないほどこの土地に生まれ暮らしてきた姉妹たちを、死に追いやった『

ココツキオリジナル小説

 『月ノ心ニ音、累ナル。』

© CocoTsuki Project @NePRO