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第1話前編「クローバーに約束を」03

◇   ◇


制服に着替えて朝食を食べ終わると、ここねは再びつきねの部屋に向かう。


今度はつきねと一緒に。


部屋はつきねが買い込んだ雑貨が丁寧に並べられている。棚の中の陳列などはお店の一角かなと思ってしまうほどだ。


実用性よりも可愛らしさ重視の物も多く、つきねにぴったりだ。ちなみに趣味のゲーム機本体とゲームソフトはクローゼットの下のほうに仕舞われている。


「さぁさぁ、姫様。御髪(おぐし)を整えますので鏡台の前へ、どうぞ」


「……うん」


少しおどけて、ここねは妹を座らせる。


鏡には同じ中学校の制服を着たここねとつきねが映っていた。姉妹二人揃って着ることは今日が最後。


やはり寂しさはある。


いつものように、ここねは妹の髪に触れる。指で毛束を分けると、慣れた手つきで三つ編みに編んでいく。


それがここねとつきねの毎朝の習慣だった。


その日受けたくない授業のこととか、放課後は一緒に帰ろうだとか他愛のないやり取りをしながら。つきねの方からも色々と喋ってくれる。


しかし、今日はそれがない。鏡の中のつきねは少し俯きがちで、その顔は曇っていた。

どうしたの?とはここねは聞かない。


「せっかくだし、今日はカッコよく決めちゃおうか?」


「やるなら……おねーちゃんだよ。卒業式なんだから」


顔を上げたつきねの頬を一筋の涙がつたう。


「あ、あれ……? おかしいね、別に離れ離れになるってわけでもないのにね」


つきねが指で涙を拭いながら、無理に笑顔を作る。


離れ離れにはならない。だが、姉妹で一緒に過ごす時間は減ってしまう。変化は絶対に存在する。四月からはもしかしたらこうやって髪を編んであげられないかもしれない。


目頭が熱くなるのをここねはグッと堪えた。妹の前で泣くわけにはいかない。格好よくありたいから。


ここねはつきねの頭をそっと撫でた。……二人の心が落ち着くまで。


◇   ◇

次04

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◇   ◇ 力が抜けたここねの身体をつきねは抱き留める。 「痛かったよね……」 そのままつきねは一度だけここねを強く抱きしめた。 しかし、のんびりしている時間はない。 つきねはここねの左胸を注視していると、黒い何かがそこにあるのだと直感した。 ここねの日記に書いてあったように、つきねは腕をここねの中で渦巻く黒い靄に向かって伸ばしていく。 「! ……来たっ」 鍵がどこからともなく掌中に現れたこと。

◇   ◇ ここねが次に目を覚ますと、そこは無音の世界だった。 美癸恋(みきこい)町の中心街——その抜け殻のような場所に飛ばされるのも、中学生の時から数えてこれで四度目だ。 道端には駐車されたままの自動車が数台。 新商品やセール中を知らせる幟も見える。 しかし、ここには街しかない。人がいない。 ふと紅い月の禍々しい光が照らし作り出した影が一つ揺れる。 アーティストのステージ衣装さながらのいで立ちを

◇   ◇ 春頃に比べて日が伸びたといっても、つきねが帰り着く頃にはすっかり暗くなっていた。 ドライヤーで乾かし終わると、つきねは髪をブラシで数回撫でる。 「ふぅ……これでいいかな?」 入浴後で、つきねは身も心もサッパリした気分だ。 やることも決まり、迷うのをやめた。 迷っていては大好きなものが消えてしまうかもしれないから。 数え切れないほどこの土地に生まれ暮らしてきた姉妹たちを、死に追いやった『

ココツキオリジナル小説

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