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第1話前編「クローバーに約束を」01

◇   ◇


窓の外には白い月が浮かんでいた。


まん丸のお月さま。普通の満月。


平穏に暮らしていけば、これからも数えきれないくらい見ることができるはずだ。


視線を落とすと、鈴代ここねの手には開いたままの日記帳がある。


以前書いていたここねの日記。小さな鍵がついていて、昔ながらの鍵穴に差し込むタイプだ。


パラパラとめくってみると、たくさん書いてある日と少ししか書いてない日がある。


日記をつけなかった日もあったりして、たまに日付が飛んでいる。


「つき」という文字がやたらと目に付くのは仕方ないことだと、ここねは諦める。


もとよりプライベートなものだ。好きに書けばいいし、その時々に思ったことを書き残しただけだ。


ここねは大丈夫だと分かっていながら、もう一度窓の外を見る。


さきほどと変わらず、黒い夜空に白い月が一つ。


部屋の電灯を消せば、きっと柔らかい光が差し込むことだろう。


ここねが日記帳を閉じた。


……もうあの紅い月を見ることはないのだから。


◇   ◇


春のような陽気の中、河原で鈴代ここねは妹のつきねと四つ葉のクローバーを探していた。


どうしてだか理由もはっきりしない。


つきねは地面を覆うほど群生する白詰草を真剣に睨んでいる。見つけた者に幸福をもたらすと言われるクローバーを見つけるために。


その真剣な顔すら愛おしく思い、ここねは我がことながら姉バカを痛感する。


「……なかなか見つからないね」


「そ、そだねー……」


何となくつきねの顔を見てたから探してないとは言えず、ここねは下を向いて探す振りをした。


「おねーちゃんは四葉のクローバーの花言葉って知ってる?」


「幸運とか、ラッキーとかそんな感じ?」


ラッキーアイテム的なイメージから、ここねはそう答える。


すると、つきねは珍しく悪戯っ子っぽく微笑んだ。


「ぶぶー。おねーちゃんハズレ」


「花言葉とか詳しくないしー」


つきねは大事な秘密を教えてくれるかのように、そっと告げた。


「正解は……『真実の愛』なんだって」


◇   ◇


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◇   ◇ 力が抜けたここねの身体をつきねは抱き留める。 「痛かったよね……」 そのままつきねは一度だけここねを強く抱きしめた。 しかし、のんびりしている時間はない。 つきねはここねの左胸を注視していると、黒い何かがそこにあるのだと直感した。 ここねの日記に書いてあったように、つきねは腕をここねの中で渦巻く黒い靄に向かって伸ばしていく。 「! ……来たっ」 鍵がどこからともなく掌中に現れたこと。

◇   ◇ ここねが次に目を覚ますと、そこは無音の世界だった。 美癸恋(みきこい)町の中心街——その抜け殻のような場所に飛ばされるのも、中学生の時から数えてこれで四度目だ。 道端には駐車されたままの自動車が数台。 新商品やセール中を知らせる幟も見える。 しかし、ここには街しかない。人がいない。 ふと紅い月の禍々しい光が照らし作り出した影が一つ揺れる。 アーティストのステージ衣装さながらのいで立ちを

◇   ◇ 春頃に比べて日が伸びたといっても、つきねが帰り着く頃にはすっかり暗くなっていた。 ドライヤーで乾かし終わると、つきねは髪をブラシで数回撫でる。 「ふぅ……これでいいかな?」 入浴後で、つきねは身も心もサッパリした気分だ。 やることも決まり、迷うのをやめた。 迷っていては大好きなものが消えてしまうかもしれないから。 数え切れないほどこの土地に生まれ暮らしてきた姉妹たちを、死に追いやった『

ココツキオリジナル小説

 『月ノ心ニ音、累ナル。』

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